2015年ごろから、新聞や雑誌で「FinTech(フィンテック)」という言葉を、頻繁に見かけるようになりました。しかし、いまだに人口に膾炙しているとはいえません。フィンテックとはどういう意味なのでしょうか。
金融決済を大きく揺るがすポテンシャルをもち、私たちの生活を劇的に変えるかもしれないフィンテックについて解説します。
なお、フィンテックの銀行への影響については「フィンテックの流行に銀行はどう対応するか?フィンテックの影響と銀行の未来予想」を、保険への影響については「保険業界を襲うフィンテックという波”InsTech”」をご覧ください。
フィンテック系の家計簿アプリなど、生活に使える便利なアプリの紹介記事として「絶対使える!フィンテックを活用したおすすめ家計簿+投資アプリ5選を紹介」がありますので、関心がある方はこちらも参照にしてください。
フィンテックの意味
フィンテック(FinTech)とは「Finance」(Fin)と「Technology」(Tech)を組み合わせた、アメリカで生まれた造語です。
初出ははっきりしませんが、小林啓倫『FintTechが変える!』によると、1972年の雑誌に、アメリカの銀行の副頭取が「銀行が持つ専門知識とコンピュータを組み合わせる」という意味で「フィンテック」という言葉を使用しているそうです。
しかし、より一般的に、広くアメリカで使われはじめたのはずっと最近になってからです。いま使われているフィンテックの無理に短く説明すれば「ファイナンス(金融)とテクノロジーをかけあわせた、新しい金融サービスや、それを提供する企業のこと」といえます。
しかし、これだけだと、フィンテックの衝撃はわかりません。フィンテックのどこが新しいのでしょうか。
フィンテックの新しさはどこにあるのか
この章では、フィンテックの革新性について詳しく見ていきたいと思います。
「金融とITとの融合」は以前からあった
そもそもフィンテックという言葉が出現する前から、金融とITとの間には深い関連があります。金融ビジネスの本質が、いち早く正確な情報を入手することにあることを考えれば当然です。
緻密な情報伝達体制を敷き、ワーテルローの戦いにおけるナポレオン敗北の情報をすばやく掴んだネイサン・メイア―・ロスチャイルドの「逆売り」伝説は、いかに金融ビジネスにおいて情報が決定的な役割を果たすかを示しています。
金融業界はITと親和性が強いどころか、必要不可分の関係にあるとさえいえるかもしれません。
19世紀の金融の中心地は、イギリスのロンドンだったことは有名ですが、1850年代には地上の電信技術だけではなく、ロンドンとニューヨークのあいだに海底ケーブルを敷設しています。
さらに20世紀には「金融IT」と呼ばれる金融ビジネスのコンピュータ化・機械化が推し進められます。それまでは手作業で行っていた、口座への記帳、預入、払出はコンピュータで処理され、膨大な顧客管理システム(CRM)まで整備されるようになったのです。
フィンテック登場の意義
金融とテクノロジーが切っても切り離せない関係であることをみてきました。それでは、いま注目されているフィンテックの新しさはどこにあるのでしょうか。
キーポイントは「アンバンドリング」(分解)です。たとえば大手銀行では、預金、融資、為替、金融商品の販売など、多岐に渡る金融業務を一体として行っていますが、それらの金融サービスを分解して、高度なテクノロジーを活用して、高付加価値を与える企業が出現しています。
たとえば金融サービスの一つである「融資」であれば、必ずしも銀行の与信の精度が最も優れているといえるわけではありません。ビッグデータを活用すれば、融資の判断を迅速に行い、金利決定を客観的かつ公平に決められます。
実際にP2Pレンディングという、ウェブサイトを通じて、お金を貸したい個人と借りたい個人を結びつけるサービスを提供している企業はすでに数多く出現しており、そのなかには株式上場を果たしている企業も含まれています。
金融機関にとっては大きな収益機会を奪われることになりますが、利用者にとっては歓迎すべき事態です。
お金を貸したい人は高く貸せるのが最も重要なことですし(もちろん、利息付きで返済されるという信頼性があってのことですが)、借りる人はできるだけ安く借りることが重要であって、どこで借りるかどうかは問題ではありません。
金融サービスの一部を提供するフィンテック企業の多くは、銀行などのように実店舗を持たず、ペーパーワークを大幅に自動化、省略化しているので、コスト面で極めて強く、その分、手数料を安くすることができるのです。
これまでの大手銀行も積極的にテクノロジーの活用を狙っていますが、小回りの良さでは、新たに台頭してきたフィンテック企業に旗が上がりそうです。
2015年、マッキンゼーは『グローバルバンキング・アニュアルレビュー』で、今後10年間で、フィンテックの登場によって、銀行の利益は60%減少、売上は40%減少するという予測を出しました。
フィンテックによって、金融サービスは大きく変わろうとしているのです。
もちろん、大手銀行もただフィンテックの盛り上がりを静観しているだけではありません。具体的な銀行のテクノロジーの活用については「フィンテックの潮流に、銀行はどのように対峙するのか」で詳しく解説しています。
フィンテックで、私たちの生活はどう変わる?
フィンテックによって、さらに多種多様な金融サービスが生まれるのはほぼ確実だと思われます。そして、日本の金融業界もその影響を受けるのは間違いありません。
しかし、日本に限定した場合、一般消費者の生活が大きく変容するということはないのではないか、というのが私の予想です。フィンテックを広く受容するには、それを受け入れる土壌がなければなりませんが、日本にはその土壌が欠けています。
日本で受け入れられないのではないかと考えられる理由は2つあります。
- 日本には現金信仰がある
- 法規制の遅れ
関連記事:日本でFinTechは進まない? フィンテックの現状と課題
いまだに現金での決済がナンバーワンの日本
最近ではスマートフォンによる決済、交通系ICカードによる電子マネーが普及しているものの、日本ではまだまだ現金信仰が根強く残っています。個人消費の決済手段は、現金と口座振込・振替で70%以上を占めています。いまだに日本では、現金が最大の決済手段なのです。
対してアメリカでは、現金と口座振込・振替での決済は30%程度に過ぎず、クレジットカード、デビットカードが決済の50%以上を占めています。
現金は極めてアナログなものです。財布などに入れて持ち運びしなければならず、店舗ではレジに釣銭を用意しなければなりません。大量の現金を運ぶためには、輸送車と警備も必要になります。
現金が広く使われている日本社会というのは、隠れた高いコストを支払っているといえます。そしてコストがかさむからといって、大きくデジタル化された決済手段へと移行しているわけでもありません。
フィンテックが扱うお金は、当然、デジタル化されたものが中心になります。その恩恵は小さいものではありませんが、現金信仰が残る日本において、なかなか広がっていっていないというのが現状ではないでしょうか。
フィンテック企業が活動しやすい法的インフラの整備が整っていない
フィンテックがそこまで広がらない理由の二つめは、法規制の遅れです。
金融庁はフィンテックの拡大を制度面から支えようとしていますが、欧米に比べると、対応の遅さが目立ちます。たとえば、利用者の依頼を受け、銀行へ送金などの指示を送るサービスを行いたいとベンチャー企業が考えたとしても、いまの法制度にそのようなサービスを想定したものはありません。
すでに欧州では必要なルール作りを終えていますが、日本では法的枠組みが整っていないことから、銀行との連携もうまく築くことができていません。
また既に述べたP2Pレンディングについても、日本では同様のサービスが広く展開されるのは難しいでしょう。基本的に貸し倒れリスクが高ければ高いほど、金利を大きくする必要がありますが、日本の貸金業法は、上限金利が貸付額によって定められています(15~20%)。
海外のP2Pレンディング事業を営む業者は、信頼性の高い人には低い金利で融資のマッチングを行う一方、信頼性の低い、貸し倒れのする可能性のリスクが高いユーザーには、年率金利で100%を超える場合があります(そのおかげで、日本では貸すことができない消費者にも貸すことができるようになるのですが)。法律によって、融資対象が極めて限定される日本では、P2Pレンディングサービスは爆発的な広がりを見せないのではないでしょうか。
進化するテクノロジーに、法的なインフラが追いついていないのです。
まとめ
では、最後に重要事項をまとめておきましょう。
- FinTech(フィンテック)は、「Finance」(Fin)と「Technology」(Tech)からできた造語。
- 金融と情報技術(IT)はずっと以前から強い結びつきがあった。
- フィンテックが新しいのは、既存の一体化されていた金融サービスを細かく分解して、高付加価値をつけたところ。それによって既存の大手銀行は収益が激減することも予想されており、「脅威」と見なされている。ただ、一般消費者からすれば、より早く、より便利に、より安くなる可能性が高く、喜ぶべきこと。
- ただし、日本で大きくフィンテックが拡大するかどうかは未知数。現金信仰が残っていることと、法制度の遅れがネックとなっている。
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