新しい事業をはじめるとき、もしくは既存のビジネスに危機感を覚え、新しい取り組みを行うときには、優れた分析が必要になります。
ビジネスを行ううえでは、さまざまなフレームワーク(思考・分析の枠組み)を駆使し、優れた意思決定を下すことが常に求められます。
優れたビジネス上の決定を行うためには、自社ではコントロールできない領域(外部環境)の分析が欠かせません。外部環境とその変化に対応することで、ビジネスを上手く進めることができるのです。
この記事では外部環境を分析するためのツールである「PEST分析」について解説します。
単にPEST分析の概要をお伝えしても、イメージが湧かないかもしれませんし、自分自身でPEST分析ができるようにはならないかもしれません。なので、記事の後半では自動車業界を例として、実際にPEST分析を行い、そのポイントを伝えます。
この記事を読めば、独力で優れたPEST分析ができるようになるでしょう。ぜひ参考にしてください。
PEST分析とは外部環境を把握するフレームワークのこと
すでに簡単に触れましたが、PEST分析とは外部環境を分析するためのフレームワークのことを指します。
- 内部環境……自社でコントロール可能、意思決定できる領域
- 外部環境……自社ではコントロール不可能、意思決定できない領域
実際のビジネスを進めるうえでは、内部環境の分析も欠かせません。内部環境と外部環境は車輪の両軸のようなもので、どちらも極めて重要です。
PEST分析はあくまでも外部環境の分析ツールであり、内部環境の分析については「バリューチェーン分析」「VRIO分析」など、ほかのフレームワークで処理しなければなりません。
PEST分析の「P」「E」「S」「T」の意味を解説
マーケティングの神様と呼ばれるフィリップ・コトラーが考案したPEST分析の「PEST」は、各頭文字が外部環境の領域を示しています。
- P……Politics(政治)
- E……Economy(経済)
- S……Society(社会)
- T……Technology(技術)
要するに、外部環境を分析する際には「政治」「経済」「社会」「技術」の領域に分けて調査していくことが、PEST分析だということになります。
具体的にそれぞれの領域において、チェックすべき点を簡潔に解説しておきましょう。
P:「政治」が自社に及ぼす影響を分析する
政治領域においては、政策・法改正の動向に着目することが重要です。たとえば法人税減税、働き方改革、女性活躍推進法の制定が挙げられるでしょう。
なお、政治領域に限らずPEST分析を行ううえで大切なのは、隈なく調査しすぎることがないように注意しましょう。
PEST分析を行う目的は、外部環境の変化によって自社のビジネスにおいて重要な変更を迫られる可能性を認識し、対応することです。自社ビジネスへの関連性がない、もしくは関係性が著しく低いものについては、潔く無視することも必要です。
たとえば消費税増税はあらゆるビジネスにおいて影響を受けることが予想されますが、受動喫煙防止条例が制定されたとしても、JTと飲食業界以外のビジネスではほとんど影響を受けることは考えられません。
自社ビジネスにおける影響値の少ない政治動向についてまで、キャッチアップすることはありません(分析の手間が膨大なものとなり、非常に非効率なことをやる羽目に陥ります)。
E:「経済」が自社に及ぼす影響を分析する
経済については、特に次の観点に注目すると効率が良くなります。
- 景気
- 雇用
- 賃金
- 消費動向
これらも「自社が展開している事業領域においてはどうなのか」という点に着目する必要があります。消費動向は市場によって変わります。全体の消費動向が活発になっているからといって、CD(コンパクト・ディスク)市場も伸びているわけではありません。
S:「社会」が自社に及ぼす影響を分析する
「社会」領域においては、特に次のことを念頭において、予想される変化を洗い出していきます。
- 人口動態
- 流行や習慣
- 社会的事件
いま日本において、この「社会」領域における一番影響値の高い事象は、人口減少と高齢化でしょう。2025年には約20%を後期高齢者が占めることが予想されています。
高齢化社会の進行は大きな影響をもたらすことが予想されます。しかし、いったい「自社にとって」どんな影響があるのか、そしてそれを踏まえてどう対策を立てるのかまで考えなければ、PEST分析を行う意味がありません。
T:「技術」が自社に及ぼす影響を分析する
PEST分析における最後の外部領域が「技術」となります。新しいテクノロジーはビジネスを大きく牽引することになるので、この領域は特に着目すべきです。
新しいテクノロジーについていえば、デジタル化、クラウド化、AI、ドローンなど話題には事欠きません。しかし実際の事業に活用する際には、どれだけの現実性があるのか見極めることが必要です。
すでにある技術、市場を攻めるほうが確実性は高いので「一過性の流行にすぎないかもしれない」という冷静な目で判断するようにしましょう。
以上「政治」「経済」「社会」「技術」の各領域で、どこに注目して調査・分析するべきか解説してきました。
では、実際にどのようにPEST分析を行うのか、自動車業界を例に見ていきましょう。自社のサービス・事業ではどのような分析になるだろうか、意識して読んでいただければ幸いです。
自動車業界を実例にPEST分析を行う
これまでPEST分析の概要について説明してきました。しかし自分でPEST分析を行うとなると、どう行ったらいいのかまだ想像がつかないかもしれません。
そこで、自動車業界を例にPEST分析を行ってみましょう。どういう発想で、PEST分析を進めていくのか、きっとイメージしやすくなるはずです。
政治的要因による自動車業界の変化予測
PEST分析においては、確度の高い未来予測を切り口として「現在起こっていること」「これから起こりうること」をピックアップすることが基本となります。
まずは政治的な要因において、自動車業界はどのような変容を迫られるか事象を取り上げてみましょう。
- 2018年エコカー減税は変更される予定であり、現在幅は縮小する可能性が高い
- 飲酒運転の厳罰化が進み、今後もいっそうの厳罰化が予想される
- 国土交通省に「自動運転戦略本部」が設置され、警察庁でも自動運転が検討化されている。さらに政府は東京オリンピックに向けて自動運転の実施を目標に掲げているため、自動運転は法整備の面でも進んでいくことが予想される
このように現在起こっていることから、起こりうる未来を描き、自社の戦略を再検討していくことがPEST分析の進め方となります。
たとえば「エコカー減税の縮小が予定されている」→「軽自動車やコンパクトカーの売上が減少する」→「自社は軽自動車とコンパクトカー以外に注力すべきだろうか」と検討を進めます。
このように将来予測から自社の対応策まで提示できれば言うことはありません。
経済的要因による自動車業界の変化予測
経済的要因における自動車業界の変化はどのようなものがあるでしょうか。
- 好景気が続いており、新卒の採用が厳しい。今後も労働市場は、売り手市場がしばらく続くことが予想される
- 自動車市場は年々縮小しているが、「軽自動車」でセグメントを切ると、むしろ市場は膨張傾向にある
外部環境のことを「マクロ環境」と呼ぶことがあるように、外部環境分析であるPEST分析では、マクロの視点を持つことが重要です。
視野を広く取ることで、大きな対応策を取ることができます。労働市場が売り手市場になっているのであれば、採用強化や待遇改善が必要になるかもしれません。
社会的要因による自動車業界の変化予測
社会的要因による変化は、どのようなものが考えられるでしょうか。例えば、次のようなことが挙げられます。
- 若者の車離れが進んでいる。車が必ずしも必要ではない都市への人口集中が続くことを考えれば、総じて車の需要は減少していくことが予想される
- 車を所有することのステータス性が落ちている。今後は所有よりも「シェア」するのがトレンドになるのではないか
このような予想から、では自動車メーカーがどのような対応を取るべきかについては考えてみてください。
悲観的なシナリオをつくり、それに対応するのも一つの手ではありますが、ここにチャンスが眠っていると捉えると、新しいビジネスが生まれるきっかけになるかもしれません。
技術的要因による自動車業界の変化予測
最後に技術的要因による、自動車業界の変化について取り上げてみましょう。
- 自動運転技術が発展している。レベル4の実装化も見えている。自動運転の法的な整備も進んでいることを考えると、各自動車メーカーはより一層、自動運転技術に注力するだろう
- EV(電気自動車)の開発競争がより激化することが予想される
- IT技術の向上により、C to Cのカーシェアリングがより簡単に行なえるようになるのではないか
このように、PESTの各領域においてさまざまな外部環境の変動を分析することができます。
PESTの各領域は、まったく分離しているわけではないということもポイントです。たとえば自動運転についていえば、まず「技術」が先行し、その後に自動運転を法的にも可能にするべく「政治」のフォローがありました。
EV車についても技術だけではなく、ユーザーの環境への意識向上(これは「社会的側面」です)、ディーゼル車の規制(これは「政治的側面」ですね)など、複数の領域で関連しあいながら、進んでいる事態です。
各領域を有機的に捉え、そこから取るべき道を選択することがPEST分析において求められるのです。
PEST分析のコツとおさえておきたい注意点
ここまで読まれたあなたなら、PEST分析の重要ポイントと、分析の進め方について理解できているのではないでしょうか。
最後にPEST分析を行ううえでのコツと、注意点について触れておきましょう。
PEST分析は「変化」に注目することが重要
PEST分析では「いま起こっていること/かつて起きたこと」だけに焦点を当てないように注意しましょう。
起きたことから、次にどのような変化が起こるのかを見極めることのほうが重要です。PEST分析は短期的な対応策を作り出すのではなく、むしろ中長期的な視点で戦略を練ることに向いている分析手法です。
もちろん、いま起こっていることを知らずして、未来を予想することはできません。常に業界の動向を探り、最新ニュースを取り入れることで、予測精度はずっと上がります。
ビジネスパーソンたるもの、日々の情報収集は習慣づけておきたいものです。
他の外部環境分析と内部環境分析とあわせて使う
最後にPEST分析の注意点を述べておきたいと思います。それはPEST分析だけに頼らないようにすることです。
未来のことは常に不確実性がつきまといます。どれだけ正確に予想しようとしても、間違うことはあります。また外部環境がどれだけ大きく変動しても、内部環境には一定の制約(資金、人材、技術など)があることを忘れてはいけません。
そのため、PEST分析で見えてくるのは青写真でしかないという理解は必須となります。具体的な戦略・施策を行ううえでは、他の外部環境分析の「5F分析」のフレームワークを用いたり、より総合的な「3C分析」「SWOT分析」を用いたりして、より正確で、現実的な解を出す必要があります。
業界分析を行ううえで欠かせない5F分析については「業界分析の定番!ファイブフォース分析をどこよりもわかりやすく解説」を参考にしてください。
PEST分析は優れたフレームワークですが、決して万能なものではないということを覚えておいてください。
まとめ
この記事では外部環境分析を行ううえで重要なPEST分析の解説と、その実例を行いました。PEST分析がどのようなものか、理解できたのではないでしょうか。
事業を広い観点で捉えなおすにはPEST分析は、うってつけのツールです。
ぜひ、あなたが携わっている事業においてPEST分析を行い、自分ならどうするか、対策を練ってみてください。
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