マーケティングを学ぶのは難しい。あまりに多くのフレームワークがあり、抽象度の高い言葉が含まれ、ある概念と別の概念がどう結びついているのか見えにくいのがその大きな原因だ。「マーケティングの教科書」のような本を読み進め、読み進めているうちは理解できているつもりでも、読み終えたあとには何も残っていない。
結局のところフレームワークはフレーム(枠)でしかない。そのフレームに「中身」を入れるのは、マーケティング担当者一人ひとりだ。フレームワークに沿いながら、自分たちの業界分析・製品開発に結びつけるその実践がマーケティングの「現場」であり、それがすべてである。とはいえ、適切な進行には方針が必要だ。
この記事は「STP戦略」を解説する第2弾となる。第1弾ではセグメンテーションについて解説した(セグメンテーションの方法については「【実例豊富】セグメンテーションの意味と具体的なやり方を完全解説」を参照いただきたい)。この記事ではSTPの真ん中であるT、すなわち「ターゲティング」に焦点をあてて解説する。セグメンテーションやポジショニング、4Pとの関係についても記述するので、深く有機的な理解ができることと思う。
ターゲティングについて表面的な理解しかしていない人、その意義がどんなものか関心を持っている方、またターゲティングを行ううえでのポイントなど、できるだけわかりやすく書いていくので、最後まで付き合っていただきたい。
ターゲティングの意味と目的
まずはターゲティングの意味と、その目的について見ていこう。すでに知っていると思わず、ターゲティングという作戦がなぜ必要なのか改めて確認してほしい。
ターゲティングの意味:想定対象顧客を大胆に切り捨てること
ご存知の通り「ターゲティング」の意味は、とてもシンプルだ。「どのようなニーズ・特性を持つ消費者をセールスの対象にするのかターゲット(絞り込み)する」ことをターゲティングという。
「絞り込む」という言葉から想像できるように、わたしたちは万人に向けてサービスを行わない。老若男女あらゆる属性の人々にモノを売るのはキッパリと諦める。その諦念からからマーケティングがはじまる。
対象とする顧客像に焦点を絞り込むといえば聞こえはいいが、ターゲティングとは要するに大半の人間を想定顧客から切り捨てて、相手にしないという極めて大胆でリスクのある行為ともいえる。ではなぜ、企業は世界70億人に向けて商品をつくることを諦め、たとえば100万人を顧客と想定して商品開発を行うのか。次にその理由、すなわち「なぜターゲティングが必要なのか」を見ていこう。
ターゲティングの必要性と目的:経営資源の最適化
なぜ大半の潜在顧客を切り捨てなければならないかといえば、それは万人に向けた商品はそれが万人に向けたものであることを理由に、まったく差別化の要素を持つことができず、結局は誰にも受け入れられないものに陥るためである。
いまはかつてのように「モノが極端に少なく、商品をつくればつくるだけ売れる」ような時代ではない。モノが余る時代には、消費者が何かを購入するときは「その商品を選ぶだけの理由」が用意されているときだけである。言い換えればモノを買うには「自分が買うに値する、自分に向けられて作られたという特別感」が多かれ少なかれ必要になる。
「誰にでも受け入れられる」ような無個性な商品やサービスは特別感もなければ、訴求するところもないため、いつまでも陳列棚に生き残ることはできない。
「20代の女性」のニーズにあわせるのか、「最先端のテクノロジーに興味を抱いている層」のニーズにあわせるのかはともかく、必ずある属性を持った、特定のセグメント層に向けて、商品とサービスは開発・展開されることになる。
どんな大企業でも経営資源は有限だ。ありとあらゆるセグメントに向けて商品やサービスを全面展開するのは「ヒト、モノ、カネ」の観点からいっても不可能であり、仮に可能だったとしても極めて非効率だ。
マーケティングを行ううえで、ターゲットを絞り、そこにあわせた商品・サービス開発に注力するのは避けられないことなのである。
ターゲティングのごく簡単な概要と、ターゲティングがなぜ必要なのか解説をしてきた。次に「STP戦略」のなかで、ターゲティングはどのように位置づけられるのか簡単に見ていくことにする。マーケティングを体系的に捉えるためにも、読み飛ばさず、確認してほしい。
STP戦略のなかの重要ポイント「ターゲティング」
ここでSTP戦略について、改めて確認しておきたい。Sは「セグメンテーション」、Tは「ターゲティング」、Pは「ポジショニング」をそれぞれ意味する。
セグメンテーションは「顧客全体をいくつかの層に分割すること」。ただこの段階では、単に市場を大きく分類しただけの話である。
次にターゲティングは「セグメンテーションで分けた層のうち、どの層を想定顧客としておくか決めること」という理解で間違いない。
ポジショニングは「ターゲティングで決めた想定顧客のなかで、どのように自社製品に独自性を感じてもらい、差別化をはかるのか、その具体的な戦略」のことである。
簡単にいえば上の通りである。注意深い方ならお分かりかと思われるが、原則的にはS→T→Pの順序でSTP戦略の立案は進行する。
いずれにせよ、ターゲティングはSTP戦略の真ん中にあり、要となる。セグメンテーションで市場をきれいに切り分けたところで、そのうちのどの部分を狙うのか、その選択が的外れなものだったら意味をなさない。
ターゲティングの重要性については理解されたことと思う。ではターゲティングを行ううえで気をつけなければならない注意点について、これから見ていこう。
適切なターゲティング設定のための6つの指標
ターゲティングを行う際に留意しなければならないことは、STP分析を提唱したコトラー自身が提唱している。注意点はぜんぶで6つ。そのポイントがすべて「R」からはじまることから「6R」と呼ばれることもある。結論を示そう。
- Realistic Scale(有効な市場規模を持っているか)
- Rate of Growth(成長性は十分か)
- Rank(優先順位は高いか)
- Reach(リーチすることはできるのか)
- Rival(競合状況はどうか)
- Response(測定はできるのか)
以上の6つが、ターゲティングで気をつけなければならないポイントになる。それぞれについて補足説明を加えていこう。どれもそんなに複雑なことではないので安心してもらいたい。
Realistic Scale:有効な市場規模を持っているか
すでに説明したように、ターゲティングという行為は「標的とするセグメントを決めること」であり、逆にいえばそれ以外の多くのセグメントを切り捨てることでもある。そのことは現代においてマーケティングを行う以上、避けられないことだ。
しかし、あまりにニッチな市場を狙いすぎて、どう足掻いても採算が合わないといったことにはならないように気をつける必要がある。たった100人しかいないセグメントに向けて安価な商品(たとえば菓子類など)を商品開発したら、仮に想定顧客100人全員が購入したとしても、採算が合わなくなるのは容易に想像できる。
収益を確保するのに十分な市場規模があるかどうかは必ずおさえておこう。
Rate of Growth:成長性は十分か
衰退している市場に挑むのは、下りのエスカレーターを登るようなものだ。必死に駆け上がっているのに、なかなか上にいけず、油断するとすぐに下方へと流されてしまう。逆に成長性が高い市場に身をおけば、力強い追い風を受けることができる。
生まれたての市場、まだ成長段階にある市場にチャレンジすれば、大きなシェアを奪い、さらに参入障壁をつくることも可能になる。
たとえば、洗濯用洗剤は、長い間「粉末タイプ」のものが主流だった。しかし水溶性の高さから、いまでは「液体タイプ」洗剤が中心になっている。液体タイプ洗剤の成長性をいち早く察知していえば、大きな先行者利益を得られていただろう。
成長性が高い、ホットな市場に目を向けるのも大切なポイントだ。
Rank:優先順位は高いか
セグメントのなかで優先順位が高いものがあれば、どの市場を狙うか定める際には考慮に入れたいところだ。
単純に自社製品が「受けそうな層」であったり、そこから波及効果(口コミ・評判)が期待できるのであれば、優先的に検討してみてもいいだろう(波及効果についていえば、高校生向けの化粧品のヒットが中学生にも波及するといった例が考えられる)。
Reach:リーチすることはできるのか
どれだけ魅力的な顧客層だとしても、現実的にアプローチできるのか、リーチできるのかといった視点も欠かすことができない。
海外進出していない国内企業が「シンガポールの富裕層」に不動産を売り込もうとしても、現実的に難しいことがほとんどだろう。
上の例はやや極端ではあるが、自社のリソースで想定顧客に十分に到達できるのかどうか冷静に見極めることの重要性は変わりない。
また想定顧客が自社のビジョン、目指すブランド価値と整合性が取れているかも確認しておきたい。「高級/贅沢/ラグジュアリー」といったイメージを持たれたいのであれば、低価格志向のユーザーを対象にするのは難しくなる。どうしても低価格志向ユーザーを取り込みたいのであれば、ブランド価値が毀損される覚悟を持つ必要があるだろう。
矛盾した2つのものを両立させようとするのは悪手であることを肝に銘じておきたい。
Rival:競合状況はどうか
ターゲティングを行ううえで競合状況は最重要ファクターだ。
当たり前だが、すでに他社がある市場で大幅なシェアを握り、強力な影響力を奮っているのであれば、その市場に飛び込む前には十分な慎重さをもって戦略を練り上げる必要がある(それでも勝てるかどうかはわからない)。
できればライバルが少なく(理想的にはゼロではあるが、それはなかなか期待できないだろう)、しかも大した力を持っていない市場を見つけたいところである。そんな魅力的な市場があれば、突出した地位を占めることも夢ではない。
Response:測定はできるのか
その市場にアプローチしたとき、その反応が測定できなければ改善に結びつけることは難しい。
「仮説→施策→効果測定→仮説の再検討」そして、さらに新たな仮説をもとに、施策を回していくサイクルをつくるのがマーケティングの基本的な流れである(その傾向はいわゆる「デジタル・マーケティング」が興隆を迎えるにつれ、ますます高まっている)。
ターゲティングする際には測定可能性を担保できているかもチェックするように気をつけよう。
以上、6つの指標について解説してきた。ただ、市場を定めるために、この6Rをすべて完璧に満たしている必要はない(というより、そんな市場があればすでにどこかが手をつけているだろう)。
もちろん、この6つの観点をおさえておくのは必要である。重要なのは6つの指標を念頭におきながら、総合的にみてどこをターゲットに置くのか適切な判断を下すことだ。
しかし、ターゲティングはこれだけで終わりではない。ひとたび標的とする市場を決めたら、顧客イメージの具体化・明確化まで進めるべきである。一つの「セグメント」としてのみ捉えていると、自社内でも想定顧客のイメージにズレが生じがちだ。章を改めてターゲットを深堀りする「ペルソナ分析」について簡単に触れておきたい。
ターゲットのイメージを明確化するペルソナ分析
ペルソナ分析の手法について詳細に触れると、それだけであまりに長くなりすぎてしまう。機会があれば「ペルソナ分析」だけを取り上げた記事を書くことを検討しているので、ここでは概要のみ触れておく。
ペルソナ分析は一言でいうと「想定顧客の具体化・明確化・イメージの肉付け」である。
ターゲットとして「30代女性」と定めたとする。しかしこれだけだとあまりに漠然としていて、いったいどんなニーズを抱えているのか、どんな悩みを持っているのかイメージしにくいだろう。未婚なのか既婚なのか、子どもはいるのかいないのか、それによってライフスタイルは大きく異なる。
仮にもっと対象を狭めて「30代女性、既婚、子どもあり」としても、そのなかでも価値観は多様で「こういう人が自社の想定顧客だ」といった共通認識を社内で持ちにくい。
そこで、「名前」「年齢」(「30代」といった漠然としたものではなくたとえば「32歳」と具体的に指定する)「家族構成」「価値観」「趣味」「一日の過ごし方」など、想定顧客をあたかも実在する1人の人間のように肉付けしていく。できれば写真やイラストなどを使って、より鮮明に想定顧客を鮮明なものにしたい。これがペルソナ分析である。
ここまで落とし込むことで、気付かれていなかったニーズや、より有効な施策案などが出てきやすくなる。
ペルソナ分析は真剣にやれば時間はかかるが、ターゲティングの最終仕上げだと思って、メンバーを巻き込みながら取り組むことをおすすめしたい。
ここまででターゲティングの進め方、注意点について詳しく解説してきた。
最後にターゲティング戦略がうまくはまった成功事例を紹介しておく。実例を参考にすることで、どのようにターゲティング戦略を進めていけばいいか想像しやすくなることと思う。ぜひ参考にしていただきたい。
ターゲティングの成功事例を紹介
ここではターゲティングにおいて目覚ましい成功をおさめた事例を2つ紹介する。2つともマーケティング界隈では有名な事例である。知っておいて損はないだろう。
マツダの2%戦略:極端なまでの「絞り込み」による成功
最初に取り上げたいのは、自動車メーカーのマツダの事例である。
いまでは俄かには信じがたいことだが、一昔前までのマツダ車のイメージといえば「安くて、ダサい」というものだった。率直に言えば、業界がシュリンクしていくなかで価格競争でしか勝負できなかったメーカー、それがマツダだ。さらに運の悪いことに、価格競争に疲弊していくなか、2015年にフォードが保有していたマツダの全株を手放したことで、マツダは単独で生きていく必要に迫られた。
大きな戦略の転換が必要だったときにマツダが行ったのが、極端とも思えるターゲットの絞り込みだ。つまり2%のマツダファンに熱狂的に指示されるような車をつくることを最優先にしたのである。
定量的な調査を行うことなく、2%のユーザーが真に喜ぶ車をつくることを決めたところからマツダの復活がはじまったと考えていいだろう。
マツダの技術の集大成である「スカイアクティブ」、流麗な目を見張るデザイン、もはや「マツダカラー」と呼べるであろうソウルレッドは、想定顧客をわずか「2%」の既存ユーザーに定めたことから生まれたのである。
資生堂の「シーブリーズ」:ターゲティングの転換による成功
2つ目の具体例として挙げたいのは資生堂の「シーブリーズ」だ。
実はシーブリーズは売上の低迷によりブランド崩壊の危機を迎えていた。もともとシーブリーズは「マリンスポーツを楽しむ男性」をターゲットとしていたのだが、マリンスポーツを楽しむ男性が減少し、売上がひどく落ち込んでいた。
そこで資生堂は入念なリサーチを通して、制汗剤を求める女子高生がいることを発見した。男性から女子高生へと大きくターゲティングを変更することで、低迷していたシーブリーズブランドを再興させたのである。
まとめ
この記事では、ターゲティングの概要と、注意点、そして大胆なターゲットの変更による成功事例を紹介してきた。
注意深く読めば、どれだけターゲティングがマーケティングの成否に、ひいては事業の成否に影響を与えるものなのか理解できたのではないかと思う。
マーケティングは難しい。しかしそれに応じたやりがいと楽しさがあることを忘れないでほしい。
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