この記事でわかることは、次の通りです。
・銀行は顧客接点が少なく、顧客に応じたサービスを提供できていないなど、さまざまな課題を持っている。銀行不要論が聞こえるなか、実際メガバンクでも大幅な人員削減が予定されている。
・銀行はもっと外部との連携、そしてオープン化が必要。
・銀行のフィンテックへの具体的な取り組みを紹介。
一口に「フィンテック」といっても、決済、資産運用、保険、融資(与信)、家計簿や会計管理の効率化など、そのサービスの全容を把握するのは容易ではありません。ただ、おおまかにいえば「ファイナンス分野におけるテクノロジーの活用」がフィンテックだといえます。そして、日本でファイナンス業務を広く担っているのは銀行です。
当然、フィンテックの流行に対して最もセンシティブになるのは銀行ということになります。「銀行はなくなる」「銀行は不要だ」という声もあるなか、銀行は生き残るために、どのように変わっていけばいいのでしょうか。
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フィンテックの盛り上がりで、銀行は不要になるのか
日本ではまだそれほどでもありませんが、フィンテック関連企業への投資額で世界一のアメリカでは「銀行不要論」はよく聞かれます。
有名なのは、ビル・ゲイツの「銀行機能は必要だが、今ある銀行は必要なくなる」という発言です。これは1994年に、ビル・ゲイツが会計ソフトの開発をしていたインテュイットという企業に投資することを決めたときの発言で、さすがの慧眼というべきでしょう。
当時は「フィンテック」という言葉はほとんど一般の人には知られていないものでしたが、テクノロジーで「銀行の機能」を果たせるという発想は、いよいよ実現に進んでいます。
「フィンテック」が持て囃されている現在、銀行の未来は厳しい目を向けられています。
マッキンゼ&カンパニーは今後10年間で、フィンテックの影響により銀行の売上は40%減少、利益は60%減少、シティグループはアメリカの銀行の従業員数は30%減少するという衝撃的な予測を出しました。
銀行側も、シリコンバレーを中心とするIT企業の金融事業の進出が脅威になることを十分に意識しています。JPモルガンのCEOのジェイミー・ダイモンは「我々の競合は、グーグルやフェイスブックのような連中になるだろう」と発言しています。フィンテック興隆の時代に、銀行はいったいどのような変化を迫られているのでしょうか。
デジタル時代における銀行の問題
現在の銀行は、いったいどのような問題を抱えているのでしょうか。
銀行は継続的で安定的な顧客との接点が少ない
銀行の来客数はどんどん減少しています。
私たちが普段からよく使う銀行のサービスは「預金」「引き出し」「振込」です。
このような基本サービスはわざわざ銀行に行かなくても、全国に張り巡らせれているATMを使えば簡単に処理することができます。ATMの整備、スマートフォンのアプリによって、私たちが銀行のカウンターにまで足を運ぶ機会はどんどん少なくなっています。
仮に直接的なやり取りが減ったとしても、インターネットを経由した接点が確保できれば、その不足を補うことも可能かもしれません。しかし、金融情報システムセンターの調査によると、インターネットバンキングを利用する割合は20%程度。
対面でも、非対面でも、顧客との接点があまりに不足しているのです。
銀行は、来店を前提としたサービスや商品の設計を見直すなり、顧客との接触チャネルを増やす方法を模索していくことが求められています。物理的な店舗を基盤としてきたのが銀行ですが、もはやそれだけで十分なリーチを持つことはできません。
銀行は顧客に合わせた(パーソナライゼーション)サービスを提供できていない
いま、銀行に親しみを感じている人はどれくらいいるでしょうか。
マイボイスコムの調査によると、ゆうちょ銀行に対して「親しみやすい」と感じている人は40%超います。
しかし、ゆうちょ銀行は例外です。その他の大手銀行、たとえば三菱東京UFJ銀行やみずほ銀行に対して親しみやすさを感じているのは10%以下しかいません。
顧客と接触する機会を減らし、一部の資産家に対してのみ個別に資産運用相談などのサービスを提供し、あとは横並びの金融商品をセールスしているだけの銀行に親しみや魅力を感じないのは当たり前です。
年齢、性別、行動パターン、資産規模といったデータから顧客をセグメント化して、適切なタイミングで適切なサービスや商品を提案できる仕組みを作ることが求められます。
それができないなら、銀行に代わるフィンテック企業が台頭したとき、顧客はすぐにそちらへ行き、銀行から離れていくに違いありません。
バックオフィス業務の非効率
安全性と信頼性が強く求められる銀行は、バックオフィス業務が不可欠です。
顧客との接点に近いフロント業務についていえば、大きな効率化を達成するのは難しいですが、バックオフィス業務にはまだまだ効率化の余地は残されています。
バックオフィス業務には経理、会計、財務、労務、法務、人事、総務など多岐に渡る業務が含まれますが、銀行にはとりわけ「コンプライアンスの遵守」が要請されます。金融業ほど、法律や規制に取り囲まれている業界はありません。
銀行を規制する理由の一つは「反社会的な組織」への対策が求められているからです。テロ組織や暴力団、マフィアによるマネーロンダリングは、反社会的組織が伸長し、影響力を増大させないためにも必要な規制です。
もう一つは、金融機関自身のリスク管理を求める規制です。金融機関の倒産は、その会社だけにとどまらない甚大な影響をもたらします。
リーマン・ショックによって一部の金融機関がモラルに欠けた、過大なリスクを取る経営をしていたことが明らかにされました。金融機関にリスク管理を求めるのは当然のことといえるでしょう(具体的にはバーゼル規制などがあります)。
銀行への規制は、毎年変わっていきます。この法律や規制の変更に対応するため、銀行はかなりの労力と時間を割かなければなりません。
不正取引を検知するためのアルゴリズムの開発や、リスクマネジメントのためのIT活用、犯罪グループのデータベース化などは行われていますが、さらなる自動化が必要です。
リストラが進行する銀行業:2018年7月追記
銀行はバックオフィスの効率化をするべきだと書きましたが、2018年現在、単純な事務作業の自動化が進んでいます。
日本の銀行は収益性の低さが指摘されており、金融店舗数あたりの売上、従業員一人あたりの売上が低いという特徴がありました。その解決に向けて組織のスリム化もあわせて進行しています。
たとえば、みずほフィナンシャルグループは2026年度までに1万9000人の人員削減する計画を発表しており、さらに店舗数も2024年までに5分の1を閉鎖することを予定しています。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)、三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)といったメガバンクも現段階ではリストラこそ予定されていないものの、MUFGは9500人分、SMFGは4000人分の業務量削減計画を発表しています。
フィンテックの時代に銀行に求められるもの
いま現在、銀行が抱えている問題をみてきましたが、より便利で、消費者の生活に密着したサービスが展開されているなか、銀行はどのような取り組みをすべきなのでしょうか。
銀行はもっと外に開いていかなければならない
継続的なイノベーションに必要なのはオープンであること、つまり開放性をもつことです。
いくら銀行が豊富な人材、設備、資金を抱えていても、限界があります。外部が持つ、新しいアイデア、知識、情報といったものを活用するためには、銀行自らが積極的に自身が持つ知的財産や情報を開放していかなければなりません。さらには、登場するベンチャー企業への支援も必要になってくるでしょう。
オープンであることで、外部の目を通して、自社の技術をより洗練されたものにするチャンスが生まれます。さらに、オープンであることによって、自社サービスを、より外部において活用してもらえるきっかけも生まれることになるのです。
この典型例としては、自社API(Application Programming Interface)の公開が挙げられます。APIの開放によって、外部のサービスはシステム開発の負担が軽減され、より銀行のAPIを利用した、優れたサービスを生む可能性が生まれます。そのことによって、銀行が提供するサービスがより活性化することが考えられます。
実際にドイツのフィドール銀行、ポーランドのmBankは自社のAPIを開放して、他企業が魅力的なサービスを提供できるように後押ししています。
この流れは金融業界や、コンサルティング会社などでも十分に意識されています。野村総合研究所グループのNRIセキュアは、2016年11月にAPIセキュリティコンサルティングサービスを提供し、企業におけるAPIの位置づけ、設計、セキュリティーへのコンサルティングを行うことを発表しました。
銀行は異業種と積極的に提携する企業文化をつくる必要がある
日本の銀行はとりわけ保守的で、排他的な印象があります。
事実、日本の銀行においては人材の流動性が低く、異業種からの転職も少ないことで有名です。総合職に新卒で入社し、そのまま自行で定年まで過ごす、というのが典型的な例でしょう。
銀行が他社と提携する場合でもほとんどが業界内のものです。それが、銀行業界、金融業界の排他的なイメージに貢献しているのかもしれません。
この閉鎖性は、ほとんど「企業文化」として定着してしまっているようにも見えますが、排他的な態度をいつまでも取ることはできません。
異業種と、より密接な関係を築き、新しい価値を顧客に提供していかなければなりません。この危機意識は銀行でも持ちはじめており、遅ればせながらという印象はありますが、新たなテクノロジー活用に活路を見出そうとする動きが出てきています。
具体的に銀行のフィンテックに対する具体的な取り組みを紹介していきましょう。
三菱東京UFJ銀行のフィンテックへの取り組み
三菱東京UFJ銀行は、他の大手銀行に比べると「フィンテック・サービス」を吸収し、支援していこうという動きを見せています。「MUFG Fintech アクセラレータ」という新たな金融サービスの支援プログラム、「Fintech Challenge 2016 “Bring Your Own Bank” 」というハッカソンイベントなどを行っています。
また、三菱東京UFJ銀行は2016年11月に「MUFG Digitalアクセラレータ」と称する第2期アクセラレータプログラムの募集をはじめています。
このアクセラレータプログラムはフィンテックを主な対象としていますが、そのほかにもAI、ロボティクス、ブロックチェーンなど新しい技術の応用に取り組んでいく姿勢が打ち出されています。
みずほ銀行の個人向けレンディングサービスに向けた取り組み
また、みずほ銀行はソフトバンクとFinTech技術を用いた個人向けレンディング(融資)サービスを提供する合弁会社「J.Score」を、2016年11月に設立しました(資本金50億円)。融資には与信が欠かせませんが、従来のユーザー情報にとどまらず、SNSの投稿情報など、より精緻なスコアリングモデルを構築し、融資対象を広げ、また競争力のある金利水準が達成することを目指しています。
みずほ銀行は、やはりソフトバンクの取り扱うパーソナルロボット「Pepper」を一部店舗に導入するなど、AIの活用を図ってもいます。
これらみずほ銀行のFintech関係の取り組みは「MIZUHO FinTech特設サイト」でまとまった形で公表されています。
三井住友銀行のフィンテックの取り組みは消極的
東京三菱UFJ銀行、みずほ銀行に比べると、同じ四大メガバンクである三井住友銀行のフィンテックへ姿勢はかなり弱く感じられます。
「ITで創る金融のミライ」と銘打って、専用ページは用意されているものの、インターネットバンクサービスのスマートフォンアプリへの拡大以外のものが見えてきません。
フィンテック事業に積極的に取り組む地方銀行
他社とのサービス差別化のために、フィンテックに事業に積極的に取り組む地方銀行もあります。
「地銀が取り組むフィンテック最新事情 西日本シティ、山口FG、大垣共立、横浜の事例」に取り組みの詳細が紹介されていますので、興味がある方はご覧ください。
ユーザーの潜在ニーズに応える総合的なプラットフォームの構築
銀行であろうが、新鋭のフィンテック企業であろうが、最終的には「消費者一人ひとりのニーズに寄り添い、最適なソリューションを提示できること」が最も重要です。消費者のニーズのないところで、どれだけ高度な技術を駆使した、独創的なサービスを展開しても意味はありません。
私たちはそれほど頻繁に使っている銀行を変えるわけではありません。
私たちは常にお金と付き合っていかざるを得ませんし、ライフステージのなかでは大きなお金が必要になるときもあるでしょう。
「就職」「結婚」「住宅の購入」など大きな変化をともなうステージでは、その背後に諸々のニーズが隠されています(たとえば「結婚」をする際には、その背景に「引っ越し」や「生命保険」といったニーズがあり、さらにこれらに関連する役立つ知識も必要としているかもしれません)。
一人ひとりの人生に応じた総合的なプラットフォームの構築こそ、銀行が提供できる最も大きい価値といえます。
まとめ
銀行は多くの課題を抱えていますが、その中でも顧客志向の弱さが最も目立ちます。顧客情報を持ちながら、横並びのサービスしかできないのは怠慢とすら感じます。
しかし、フィンテック企業のなかには、パーソナラーゼーションされたサービスが次々と生まれ、銀行は危機意識をもつようになっています。
日本では「銀行がいかにしてフィンテックを取り込むか」という視点から語られることが多いですが、消費者からすれば、銀行であろうがベンチャー企業であろうが、より自分にフィットするサービスがあればそれに超したことはありません。
高い参入障壁に守られていた銀行がフィンテックの潮流に迫られ、どのような変化をしていくのか、今後も追っていきたいと思います。
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