マーケティングの外側をなぞる本 大木真吾『あの夏、サバ缶はなぜ売れたのか』

『あの夏、サバ缶はなぜ売れたのか』は、マーケティングに携わってはいないものの、マーケティングといっても何をやっているのかわからない、あるいは将来マーケティングを行いたいと考えている人におすすめできる。
著者は博報堂プロダクツでデータベースマーケティングを手掛けている大木真吾氏。

 

さて、この本でまず褒められるべき点は、事例の豊富さである。

 

結局「マーケティング」と一口にいっても、業種も手法もあまりに多様である。

マーケティングは「顧客のニーズを捉え、購買行動への導線を引くこと」でもあるが、それだけではない。部分的に販売/セールスを含むこともあるが、それだけではない。分析は必要になるが、でもそれだけではない……

「人の数だけマーケティングは存在する」といったらそれはさすがに言いすぎだが、かなり広大な範囲にわたり、人によって意味するところが大きく異なる場合もままある、というのは残念な世界の現実である。

だから「マーケティングって、結局何なんですか?」と訊かれた場合(現実には、ほとんどないが)、マーケティングを行っている人は困ってしまうことになる。

「えーと、分析して、課題を発見して、それに対する解決策を見つけて、まあでもそれはやってみないと解決するかどうかわからないので、ほんとは『解決策』でもないんですけど、やらないとわからないので、とりあえずやってみて、失敗したらまた分析しなおしだし、成功したらヤッターですよね……」などと残念な言葉を口走ることにもなりかねない。

だから、マーケティングなるものを教えるときには、自分がやってきた事例をたくさん見せてあげるのが一番だし、逆にいうとそれしかない。

本書には、日本航空のデータ分析からはじまり、サバ缶の売れ行き増加の原因と考察があり、ツイッターにおけるつぶやきから、大雪と雪見だいふくの売上の相関の発見があり(あるんだよ!)、テレビCMの売上に与える影響の大きさの推定など、事例には事欠かない。

さらさらと読んでも「なるほど、こんな関係があったのか」「やはりSNSは若い人が中心なんだな」とちょっとしたトリビアを知る喜びとともに、マーケティングにおいて何をやっているのか、なんとなくイメージが湧いてくるだろう。

もちろん、マーケティングは「分析」だけではない。分析をして、それによってとてつもない、これまで誰も気づかなかったことを発見することができたとしても、それだけでは意味がないのだ。

その「発見」から、具体的な「施策」「行動」へと落とし込み、それによって目標(来店者数を増やす、一人当たりの単価を上げるなど)を達成するのが重要なことである。

本書には「分析の後のこと」にもきちんと触れられており、たとえばPOSデータとツイート、家計簿アプリデータの組み合わせによるシュークリームのターゲット層の絞り込みと、そのための考えられる施策まで提案されている。

その他、居酒屋の顧客単価を上げる方法、スーパーで回遊性を上げる方法なども具体的なデータ分析とともに提案されており、読者を飽きさせない工夫がなされている。

 

何より個人的に強く共感したところは「思考力」「右脳的発想」の重要性を謳っているところである。

「分析」というと、システマティックに行うものだという印象が残っているが、これは大きな間違いだ。分析は機械的にできることではない。そもそも「何を」分析するのか、「何と何を」比較するのかについて、機械が提案してくれることはない。

自分なりに考えて、仮説を立てることで、初めて分析が必要となり、また分析ができるようになる。そして、その分析結果から何を行うのがベストなのかは、その時に応じて異なる。だから、マーケティングは難しいし、またおもしろいのだ。

本書にはその他に、PDCAを回すこと、データに基づいた思考をすることなど、基本的な(しかしとても重要な)ヒントも多く含まれている。こういうのは当然のことだと思われるかもしれないが、常に意識的にすることで――願わくば無意識にできるようになるまで――効率性は大きく変わるので、やはりおさえておきたい。

なお、本書には特に詳細な説明なしに「クロス集計分析」「多重回帰分析」といった用語が出てくるが、さらっと書いているので、読み進めるにあたって支障はない(そういう用語が出てきたら、何も考えず読み飛ばせばいい)。

しかし、クロス集計分析や多重回帰分析の実際の方法について書かれているわけではないので、そういうものを求めるのは無駄である。本書はあくまでもマーケティングの大枠を知るための本であり、具体的な分析手法を学ぶためにはまた別の本が必要になる。

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